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第16回 にこもぐへの参加 前編

2025.10.27

今回のかめっちの農家探訪では、「にこもぐ」という、愛知県半田市の農家による直売イベントについてのレポートを全二回に分けてお届けします。今回はその前編です。

背景

愛知県六次産業サポートセンターのNさんから、半田市の農家プラットフォーム「にこもぐ」と半田市農政課が主催する直売(マルシェ)イベントへの参加をお誘いいただき、ありがたく参加した。

「にこもぐ」のメンバーとは、12月と1月に開催された「フューチャーデザインにより考える半田市の30年の未来」というワークショップで既に知り合っていた。農業者の新しい試みを歓迎する快活な雰囲気や、大きな市場を避けて自分の得意分野で顧客を巻き込みながら戦っていく戦略に感銘を受けていたため、彼らがどのようにお客さんとコミュニケーションを取るのかが気になっていた。

また、100種以上の果樹苗木を所有しているが、その管理方法や現在の樹勢・健全性の評価がわからないとの相談を受けており、その圃場視察も今回の大きな目的の一つだった。

にこもぐマルシェ

10時のスタート前からすでにお客さんが集まり始めていた。出店数はおよそ15店で、花屋、サボテン屋、ハチミツ屋、卵屋など、野菜以外の農家も多く、華やかな雰囲気だった。何人かと話したが、どの方も楽しそうに商売をしており、特にハチミツ屋のSさんは非常にコミュニケーションが上手だった。たっぷり味見をさせた上で、自然な流れで3種類すべて購入したくなるように導く手腕には感心した。

その後、ブドウ農家のI君と長く話をした。I君はもともとJA尾張東(瀬戸・尾張旭・長久手)に勤め、農家の多様な事情に悩まされながらも努力を続けていた。しかし、水田の転作でトウモロコシを普及させ、JAへの出荷額を増やしたにもかかわらず、上司からは成果を認められず、むしろ営業成績が落ちた時だけ叱責されるという環境に失望し、故郷・半田市での就農を決意したという。

主力品種はシャインマスカットで、ダブルH型短梢剪定によるハウス栽培を行っており、出荷は7月ごろからとのこと。まだ30歳になったばかりだが、JAでの普及員としての経験を活かし、相手の話を引き出すコミュニケーションが心地よい好青年だった。岡山県や長野県のブドウ農家の話、有機農業の背後にある輸出業界の影響に関する考察など、I君の指摘はどれも興味深かった。
 「現状、自給できていないのに、さらに生産性の低い農法を奨励する意味がわからない。農薬なしで収量や品質を担保できる方法があるなら見せてほしい」という言葉には、現場の農業者としての力強さを感じた。

12時ごろには野菜や卵などを販売する農家の商品はほとんど売り切れていた。半田市の消費者が直売を好む理由を尋ねたところ、「半田はお祭りが多い土地柄で、マルシェにも人が集まりやすい」と教えてもらった。天気も快晴で、カップルや家族連れでにぎわい、穏やかで温かい雰囲気に包まれていた。

半田市農政課のHさんは「観光課も多くのマルシェを主催しているが、農政課が担当する『にこもぐ』では“自ら農産物を生産している人のみ参加可能”というルールを守ることが最も重要」と話していた。私がいた塩尻市では、農家主体のマルシェにも来客を呼ぶため人気のキッチンカーを呼んでしまい、結果的に“農家が主役”というテーマが薄れた経験がある。それを思い出し、反省した。

「にこもぐ」では、毎回のマルシェ後に参加農家が感じたことや売上データを事務局(農政課・Nさん・Mさん)に報告し、それをレビューとしてフィードバックする仕組みがあるという。この継続的な情報共有が、にこもぐと行政との信頼関係を支えているのだと感じた。

購入したプチトマト、ピザ、アイスクリームはどれも非常においしかった。

W農園とTさん

昼前に、あらかじめ依頼を受けていた農園の木の健康確認のため、マルシェを離れて現地へ向かった。同行したのは、農園を共同運営予定の○○印刷社長Tさん、W農園を経営するご夫妻、そしてNさんだった。

初めて農園に入った印象は、「風通しがよく、気持ちの良い園」だった。園内は肩肘張らない自然な美しさがあり、庭園のような雰囲気だった。開花や収穫期には、さらに見事な景観になるだろう。農業という“生業の場”よりも“植物公園”に近い印象を受けた。

園内にはイチジク、ブルーベリー、レモン、柑橘、桃などがあり、培養土はバークやもみ殻主体の堆肥だった。一般的には窒素・リン酸・カリウムなどを加えた培養土に十分な潅水を行うのが標準的だが、園主は「自然の森林に近い土壌」をイメージしているとのこと。興味深い試みだった。

観察した限り、栄養不足や病害虫による致命的な被害は見られなかった。ただし、柑橘類では窒素不足が今後課題になる可能性があり、昨年の秋芽が少ない点はやや気がかりだった。収穫遅れのミカンを試食したところ、味が濃く驚くほどおいしかった。イチジクはゾウムシの被害で多数が枯れたとのことで、害虫リスクも実感できた。

今回の視察で改めて感じたのは、「剪定や樹勢管理には、まず経営のビジョンが不可欠」ということだった。例えば桃の場合、成園化を目指すなら肥培管理を厳密に行い、採光と通風を重視した大胆な剪定が必要だ。一方、観光向けに“風景としての果樹園”を目指すなら、無剪定で枝を横に広げ、花を楽しませる演出が求められる。

 今後の課題としては、
 ①企業として多品目果樹をどう収益化するかというビジョンの明確化
 ②ビジョンに基づく樹種配置・樹形設計・成果物の活用方法の具体化
 ③上記を実現する際の法制度(愛知県の農地規制など)の把握
が重要になるだろう。

Nさんによると、愛知県では観光農園や農園マルシェに関する規制が厳しく、大規模な展開は難しいとのことだった。ただし、不定期のマルシェやイベントを試しながら仲間を増やすという方針は現実的で良いと感じた。

視察後、Tさんに「なぜ農業に参入しようと思われたのですか?」と尋ねたところ、Tさんはこう語った。
「中学2年までは農業をするのが夢で、数学さえできれば農学部に進みたかった。今は老人ホームの経営もしているが、農業への思いが再燃した。理想の社会には老人ホームはなく、年を重ねても自分の足で歩き、食を自ら生産・消費することが最も健康的だと考えている。無気力になりがちな高齢者に、農業を通じて生きる感覚を取り戻してほしい」

この考えは、従来の“農福連携”とは異なる。従来は農業の人手不足と福祉の雇用をつなぐ直線的なモデルで、しばしば双方の期待がずれて破綻する。しかしTさんの発想は、福祉を起点とした農業であり、労働者の特性を理解した上で仕事を設計する点が特徴的だ。農業への理解が深いTさんだからこそ、実現性を感じた。

さらにTさんは「社員にも“半農半X”的な生き方を実践させたい。農業は生産だけでなく、生き方と働き方が重なる“生業”だ」と語った。カメラなど趣味と結びつけながら自分らしい収益化を目指す社員が増えれば、社会の包摂性も高まるだろう。
今後もTさんとは継続的に意見交換していきたい。

後編へ続く(毎週月曜日更新)

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