第9回 2025年8月_かめっち先生議事録in熊本の夜
2025.09.08
今回は、かめっち先生が参加した、農業経営者の方たちとの飲み会in熊本での、経営談義をお届けします。

~Fさんのお話~
社員の採用について
F「採用に関して言えば、最も重視しているポイントは、確実に人柄やキャラクターを含めたコミュニケーション能力です。これから長く付き合っていく上で、相手が素直でないとこちらも一緒にいたくない気持ちになりますし、伸びしろも少ない。また、自分は年上の採用もあまりしないようにしています。」
O「採用に関してどのような試験を行っていますか?」
F「性格診断の“キュービック”というものは行っています。やはり性格診断は本当によくできていると思います。」
Y「全く同感です。面接では非常に雰囲気の良い人が、性格診断で危険だと判断されたときに、自分の印象を信じて採用を決め、後悔することがありました。なので自分も採用にあたっては、かなり性格診断を重宝しています。」
F「経営という観点から考えると、人事採用や設備投資はすべてリスクです。例えば、過去に従業員が当社の悪口をインスタグラムのストーリーに上げてしまい、懲戒処分によって賞与を没収したことがありました。」
Y「実際にどういった類の悪口だったのか、経営者として気になるので教えていただけますか?」
F「雨の日に一番条件の悪い園地の作業をお願いした日や、一人だけで作業になった日に、会社名を表記した状態で愚痴を書いていました。これは自社の懲戒規定に事前に記述しておいたので、その規定に則って処罰を下すことができました。その社員は一応今でも働いています。」
O「辞めずに働いているのもすごいですね。以前伺った、トマトを担当していた職員さんはどうでしたか?」
F「彼は自分より年上で、頑固で融通が利かないタイプでした。最終的にお兄さんと共に農家として独立すると言って辞めていきましたが、社員からの噂では現在にんじん農家で働いており、“辞めなければよかった”と言っているらしいです。」
Y「やはり社労士はいい助言をしてくれると思います。」
F「同意します。社労士は建前上、労働者の公平な味方という振る舞いをしていますが、実際は経営者の味方でもあります。彼らは労働関係の法律にまつわるプロフェッショナルなので、あらゆる先行事例からリスクを分析したうえでアドバイスをくれます。法廷まで行くと弁護士の方が強いですが、いろいろな場面で本当に助けになってくれると思います。」
Y「社労士まで労働者側に行ってしまったら、本当に経営者は孤独になってしまいますね。」
O「実際に『経営者は孤独だ』という話をよく耳にしますが、そういった孤独を解消するためには右腕的な人材が不可欠だと思います。この点についていかがですか?」
F「自分の場合は、栽培メインの弟がいることが非常に大きい。兄弟なのである程度は本音で会話できますし、わだかまりをためる心配もありません。採用に関する話に少し戻ると、大げさな言い方をすれば、採用した人材については採用したその日から後悔している感覚があります。元も子もないことを言えば、良い人材は採用した日から勝手に成長していきますが、ダメな人材はどれだけ教育を施しても、その効果を取り戻せるほどの成長を見込めるかどうか怪しい。なんなら投資したのちに退職していくこともある中で、“この子を採用したのは間違いだった”という考えを持ってしまうことは、正直言ってよくあります。」
K「兄弟もいいですが、うちはかなり激しい言い合いになり、それが長引くこともあるので、肉親以外の第三者で右腕となる人材が、緩衝材の役割をしてくれたらありがたいと思っています。」
Fさんの経歴について
Y「そういえば、なぜ航空自衛隊に入ったのか教えていただけますか?」
F「もともとパイロットに興味があり、バブル崩壊後のデフレが最も深刻で就職が困難な時代だったこともあり、航空自衛隊に中学を卒業して入隊しました。先輩から、JALや全日空のパイロットとして働ける進路があることも聞いていたので、将来的にはそこに就職しようと算段していました。しかし腰が良くなかったことから、埼玉や静岡、最終的には沖縄で5年働いて、9.11なども経験しつつ、次なるビジネスをしてみたい気持ちが強くなり、自衛隊を辞めました。」

O「ビジネスというと、この時にすでに農業は視野に入っていたんですか?」
F「やはり親の職業ということもあり、視野には入っていました。そして農業を考えれば考えるほど、参入すればうまく利益を得られる気がしてなりませんでした。最も大切なのはライバルの少なさでしょう。その地域にどれだけライバルが少ないかが、成否の大部分を握っています。もう一点重要なのは、顧客リストです。なので親元就農は、顧客を引き継ぐことができる点が利点ではないでしょうか。」
Y「全く同感です。ライバルは確実に減っていきますが、絶対になくならない産業というのはやはり始め時だと思いました。」
O「今のお話を聞いて、やはり親元就農だとビジネスを始めやすいなと思いました。」
F「その通りです。親がやっていなかったら農業に参入しようとは思いませんでした。だからこそ親元就農に対する補助は、もう少し厚くしてもいいのではないかと思います。うちの場合、親が柔軟な姿勢を取ってくれたことと、栽培では弟がいてくれたことはかなり大きかったです。」
経営拡大について
O「経営規模を拡大するときのポイントは何ですか?」
F「設備投資費用に見合うだけのリターンを生むことができるかどうか、ここに尽きるでしょう。経営者にとって現状維持ほど怖いものはありません。常にコストはインフレしていく世の中で、同じ収益構造ではいつかコストに追いつかれてしまうため、規模の拡大・多角化・付加価値付与のような努力を常に行わなければなりません。単純な規模の拡大であれば、現在の設備レベルでは対応しきれなかった潜在需要によって得られたはずの利益と、追加する設備の価格差を見比べたときに、新たな利益が創出されるかどうかがポイントだと思います。」
T「非常に理に適っていますね。多角化に関して、プリン工場への追加投資はどのように決断しましたか?」
F「本来であれば、プリン工場のような多角化は避けた方が良いです。なぜなら現状行っているカフェや果物の直売、観光農園と、利益の受容者が重複しているとは言い切れないからです。ただ、これに関してはプリンに自園地の果物を利用できることと、アクセスの良い道沿いにプリン屋さんがあれば導線さえうまく作れば客をキャッチできる、という自信があったため踏み切ることができました。」
経営者としての社員とのコミュニケーションについて

T「話は前後しますが、経営者として社員個人とどれくらいの頻度で会話を交わしますか?」
F「1on1で話し合うことはほとんどありませんが、業務の中で自然に会話をすることは多いです。昔、農業経営塾の1期生だった時、T社のS会長に『もう少しコミュニケーションを増やした方がいい』と助言されたこともあり、わりと心掛けて会話をするようにしています。」
T「一番長く勤めている社員さんは何年くらいになりますか?」
F「一番長い人はアルバイトで25年、正社員ではカフェの社員が10年ほど勤めてくれました。非常に優秀でしたが、『小笠原諸島に行く』と言って辞めてしまいました。こういう時にすぐ次の人材を見つけなければならないので、経営は本当にリスクと向き合い続けることだなと思います。」
O「人材の教育では、どのようなことを大事にしていますか?」
F「ぎりぎりまで叱らずに、取り戻せる程度の失敗をさせることが大事だと思っています。親元就農の難しい点は、親が『子に失敗させたくない』という当然の親心を持っているため、ただ『良い方向へ、正しい方向へ』と口うるさく指導してしまうことです。その思いは大概子供には届かず、そこで喧嘩が起こるか、親の言いなりの子供が生まれてしまう現場が多いように感じます。」
Y「それは本当に思います。自分も『これは心配だな』と思っても、できるだけ口を出さないようにしていますが、『これは放っておけないぞ』というレベルまで来た段階で、本人に気づかれないようにフォローを入れてしまうことはあります。やはり教育のためとはいえ、経営体の信頼に関わるようなことであれば放置できないので、ケースバイケースですが、この辺は経営判断ですね。」
T「例えば、どのようなときに失敗させることで反省を促したか教えていただけますか?」
F「畑の職員でいえば、藤稔系統の裂果しやすい品種に対して、過度の潅水を行い、ほとんどの果実が裂果してしまった、というケースはかなり手痛い失敗でした。本音を言えば『何してくれとんじゃ!』と怒鳴りたい気持ちでしたが、淡々と起こってしまった事実を説明し、“次は起こらないように気を引き締めてもらう”ためのコミュニケーションに注力しました。」
O「本当に我慢の連続ですね。栽培、販売、人事、設備、経理など、複合的なリスクをコントロールしつつ、人に任せるところは任せるというのは、想像以上に難しいです。」
T「長野県では、新規就農希望者に対して『果樹オンリーはリスクが高すぎるので、野菜との複合経営にした方がいい』という指導をしています。とにかく果樹は一つ倒れれば取り返しがつかないので、スケールするのにあまり向いていない、と話しています。」
F「それは非常に理に適っていますね。今日のお昼に『トマトを栽培していた』という話をしましたが、やはり野菜の栽培経験が果樹の栽培に生きているなと思うことがあります。簡単に言えば、野菜の栽培は果樹栽培を早送りしているようなもので、肥料に対する反応も野菜の方が果樹より断然早いです。イチゴもそうですが、こういった野菜での植物の応答を知っておくと、果樹の観察にも役立つ気がします。」
O「もう次の世代の育成も考えておられますか?」
F「自分は20年間現場で経営を行ってきて、そろそろ次のステージに行ってもいいかなと思っています。例えばM&Aで大企業に買い取ってもらい、この観光農園のモデルをフランチャイズ化してもらってもよいし、その間自分は講演などを行い、地域の経営者の右腕的な形でアドバイザーを仰せつかっても面白いと思っています。任せられる次世代の経営者を用意しているわけではありませんが、もっと社会に広く役立てる方法はないかと考えている最近です。」
…かめっち先生の旅はまだまだ続く(毎週月曜日更新予定)