第2回 2025年3月_会津紀行 その1
2025.03.19

かめっち先生、会津で開催された食味の会合に行かれています。そこではなぜか、静岡や愛媛の話が飛び出しました。また、かめっち先生の衝撃の話もさらっと出てきます。(とても長いので、何回かに分けてお送りします。)
会津で出会った静岡県のMさんのお話
郡山から会津への道中で、静岡県にあるoryza ○○の代表であるMさんからお話をいただいた。
Mさんはカミアカリというコシヒカリの変異品種を有機栽培で育てており、胚芽が通常米の3倍というお米を生産している。このお米は、精米してしまうと胚芽が取れてしまうので、玄米としてのみ販売をしている。販売先は都内の販売店や静岡県内の卸など様々だとのこと。
このoryzaというのが、お米の学名でもあるため、この名前を見て理解してくれるかどうかでまず相手の力量を見極めるとおっしゃっており、「いきなり圧かけてきたぞ」と焦った反面、自分はoryzaの知識はあったので、逆に気持ちの良い結果となり気分上々だった。この時の印象は、いわゆる「尖ったおじさま」で、ヤンキーから更生して職人さんになったような人の典型という感じだった。

続いて話は栽培に移り、有機栽培にする際に最も問題となる草管理に関する質問をしたところ、基本的にはジャンボタニシに草を捕食してもらうらしい。ただ、タニシはイネも食べてしまうので、あらかじめ稲の苗は大きめに育てておく必要がある。さらに、タニシが田んぼの中に一様に広がって生息するために、水田を均平に保つ必要性が高い。また、水を取り入れる口にある水が最も酸素を多く含み、また雑草の種を多く含んでいるのだが、タニシはそこに最も多く分布し、水田内に種がばらまかれる前に捕食してくれるというメリットもある。ただ、タニシが増えていくと、タニシ自身がウイルスにかかり死んでしまうということもあるので、タニシの力に頼れない圃場もあるらしい。
有機栽培では紙マルチを使ったり、代掻きをギリギリまで待ち雑草を発芽させ切ったところで土をかき回す、といった知恵を使ったやり方がほとんどという印象だったので、タニシを使うというのは少し新鮮だったが、本来こちらが自然栽培としての王道かもな、とも思った。
そして、タニシが全滅してしまう場合には、合鴨ロボを利用して、定植後3週間ほど圃場内を走らせ光を遮断することで、その時期の雑草を抑えているという。Mさんの藤枝市の農場は、5cm程度のみを耕耘しており、雑草の種が下にまでいかないようにしているという。

また、Mさんは、なぜ雑草の種が休眠するのかを考えたとき「先に発芽した個体が根から休眠を促す物質を出しているのではないか」と仮説を立てている。仮説を元に、実証として雑草が根を出したであろうぎりぎりのところで一回代掻きを行い、雑草をすき込んでしまいつつ、種子には休眠していてもらうということを繰り返していくと良いのではないかと感じている。
また面白いことに、この合鴨ロボの副産物として、圃場内を合鴨ロボが稲を踏みながら動き回ることで、麦踏(エチレンを出させることで耐病性を高め、茎を太くする効果。茎が太くなるので根へ送られる栄養分も多くなる)と同様の効果が生まれ、根張りが非常に良くなり「分げつ」(種子から出た茎の根元に新しい茎がでてくること)がよく出るというメリットもあるらしい。いずれにせよ、均平をとる必要や畔塗りなどの総合的な基盤整備を含んだ栽培管理の結果、有機農業は成り立つのだということをおっしゃっていた。

次に、夏の最も暑い時期の管理について、深水かかけ流しかを尋ねたところ、どちらもやらずに表層のみ水に浸す程度の管理で、地温が暑くなりすぎないことを意識しているとおっしゃっていた。結局のところ、最近の歩留まり低下の最も大きな要因は、幼穂形成(7月末)がうまくできない結果、そもそも受粉が完全でないことであるため、これは品種改良等で乗り切るしかないとのこと。歩留まり低下によって近年は通常の3割ほど収量が減ってしまったらしいが、そもそも耐暑性の品種でさえ花粉を正常に形成できないのだから、どれでやっても難しい課題にはなるだろうと指摘していた。

このように、Mさんのすごさは、どの質問に対しても、決して外れた回答をしない理解力の高さと、現時点で無理なものと改善できるものとを区別する現場人としての見極め力であると感じた。それもこれも実践を通じて試行錯誤を重ねてきたからだろうと思う。
基本的に農作業は、人間が管理できる生産の場の構築(基盤整備、土壌改良、水量管理、栽植面積など)と不可避な要因(気温、風、光、降水、獣害)との2つで成り立っており、経験が浅い人ほど後者の動かせないものを相手取って何かしようとする癖がある。これは関数でいうところの定数(経営でいうなら固定費)にあたるので、これは所与のものとして栽培管理を続けていく必要がある。Mさんがお話ししてくれた栽培管理は、すべて前者の「人間がなんとかできること」であり、これこそがすべての農家が持つべき認識だと感じた(この認識の上に立たないと、改善のためのサイクルを回せない)。

栽培の話をきっかけに、一気にMさんに興味がわき、その半生について聞いてみたところ、もともとは農業高校を卒業して全く異なる業種で1年ほど働いていたのだが、その時に農業高校の恩師から、農業高校の補助職員として働くように勧められ、4年ほど農業指導員助手という立場で農業に向き合ったらしい。この時に、有機栽培についても当時の教諭の方々と色々お話しし、その可能性を感じていたとのこと。
その後、3年間ほど青年海外協力隊でエチオピアやヨーロッパに行くなど世界中を回り海外を体験するうちに、日本農業のポテンシャルの高さを感じたという。

バブルが崩壊した頃、親の代から2ha弱の農地と経営を承継した。継承直後から栽培面積を拡大しようとしたが、減反などの押し付けもあり、なかなか条件のいい農地を手に入れることができなかった。そのような中でも、壊れた畔を作り直したり、水路を補修したりしていると、近隣の方たちも徐々に認めてくれるようになり、12haまで規模を拡大していくことができたとのこと。
またこの時に、減反推進の立場で農場にやってきた役所の職員やJA職員を、圃場内で叱りつけながら、「そもそも、減反は昭和47年から始まり、その時に、圃場面積はそのままに有機農業に転換していれば、環境負荷を下げるような農業体系に自然に変化して行けたのに、面積を減らすやり方をとってしまったので農家を減らす結果に終わってしまった。そのようなそちら側の無責任を有機農業者や慣行農業者に転嫁するのはどういう了見なのか。」と2時間以上にわたって説教したと述べていた。この時ほど「もう役所をやめた立場で話を聞けて良かった!」と思ったことはなかった。僕個人としては100パーセントMさんサイドなのだが、2時間炎天下で説教された役人たちは本当につらかっただろうなと他人事ながら考えてしまった。元ヤン(想像)恐るべし。本人も「多分ブラックリストの最上位に名前があるぞ」と誇らしげだった。なんとなく篤農家と行政の間に常に存在する「溝」は、このように長年の努力の結果構築されていったのだなと、自分の経験も腑に落ちた。

そして話は加工米に移った。Mさん曰くお米の素晴らしさは、麦などと違って粉にする必要がなく煮炊きできるということにあると考えており、この加工過程における手間のかからなさこそが食文化の豊かさにもつながっているのではないかと述べていた。
そんな時に、ふと米粉はなぜグルテンがないのに固まるのかと疑問に思い質問してみた。すると、お米の種類を質問形式で僕に問いかけてきた。いわゆる「もち米(アミロース+アミロペクチン含量100%)」、「うるち米(アミロース+アミロペクチン含量80%)」以外の品種を何というか?という問いかけだったのだが、答えは「唐法師(インディカ米)」のことらしく、これらはたんぱく含量が高く、米粉に向いているのだそうだ。(ちなみに僕がクイズに答えられないさまを見て、Mさんは心底うれしそうに「勉強不足だなぁ」と悪魔のように笑っていた。)

日本だと、「みずほちから」という飼料用米として普及していたコメが、米粉適性が高いことが分かって以来、米粉用の品種として栽培されるようになったらしい。
続いて有機JASの話に移った。

有機JASについては、申請について書類をきっちり揃えねばいけないという大きすぎる欠点はあるものの、日本が世界標準に準拠できる有機規格を持ったという事実がとても重要だと考えている。これが出てくる前は、似非有機農法がかなり治安を乱しており、詐欺に近いような状況だったので、まずは有機JASしか有機としないという方向性を示したことは評価してもいいと思う。一方で、奇跡のリンゴ以来、自然栽培が幅を利かせ始めたせいで、また治安が乱れつつある状況はかなり懸念しているとおっしゃっていた。このあたりの認証というのは、簡単すぎると認証として意味を持たないが、厳しすぎるとそもそも目指す人がいなくなるという、ものすごく難しい匙加減を求められるので、やはり担当者が現場に出ていき、この人がぎりぎり基準をクリアできるくらいの認証なら治安が乱れないなという「当落線上ギリギリ」のサンプル農家を想定したうえで、認証の内容を構築していく必要があるなと感じた。

そのあとは静岡県とお米の関係性について教えていただいた。静岡は、47都道府県で最もお米を買っている県で、それゆえに静岡市はお米に最もお金をかけている県であるということらしい。なので、静岡で売れるお米はかなり全国でも通用するのではないかと言っていた。このような静岡県人が冷静に品質を見ようとする気質は江戸時代に起因していると考えており、東海道をいろいろな品が行き来する中で多くのものに触れる機会があり良いものと悪いものを見分ける癖がついたのではないか、と仮説を立てていた。また、消費地に挟まれていることから、静岡県東部で消費されていれば東京で売れる、静岡県西部で消費されていれば名古屋・大阪で売れるといったように、静岡県全体で売れていれば、全国で通用するといったことも囁かれているらしい。西日本だと同じような立ち位置にいるのが岡山県だといっており、これも面白い視点だなと思った。

かめっち先生の会津の夜は、まだまだ続きます・・・