第33回 なつやすみが終わった。
2026.10.06
今年の夏も猛烈に暑くて、去年の経験からすると「秋」という季節はどんどん圧縮されて短くなるに違いない。去年の秋は私の感覚としては約1か月だったと思うなあ。
と、思いつつ8月が終わって、子どもたちの学校では新学期が始まってしまった。ここから長い長い残暑というやつが続くんよなあ。
と、思っていましたらなんと。
秋になってしまった。今年の秋は大雨が降ったり台風がうろうろしたり、変則的なことはそれなりにあったけど、秋らしい涼しさがやってきましたね。
私としては、今日は何を着て外出すればいいのかなあ、と悩むくらいで、ちゃんと秋がやってきたことは基本的には喜ばしいことでしたが、ただひとつ、困ったことが。
前回の原稿は、9月になっても10月になっても、30℃程度の暑さはどっしりと残っている予定でした。今回は、あのなつかしい「昭和時代のなつやすみ」というものを、証拠物件にもとづいて検証しましょう、という企画だったのですが。
証拠物件とは、これでした。

なんと。
小学校1年生のときの、夏休みの宿題だった「えにっき」。
今の子どもたちは、この猛暑の中、どこでどう過ごしているのか。よくわかりません。令和のなつやすみと昭和のなつやすみを比較するのになかなか貴重な資料であることは確かでしょう。
秋冷の候、という書き出しがふさわしい季節になってしまったけれど、私が小1だったときのなつやすみについて調査してみましょう。

このページはお盆(8月15日)に広島県三原市にある実父の実家に家族で遊びにいったときの日記ですね。
交通機関は今でいうJR。当時は国鉄山陽本線の下り線。各駅停車の列車でまず尾道まで行き、そこからバスで北上してたんぼの中にぽつんとあるバス停で降りてあとは歩く。まるで「トトロ」の世界ですが、あのアニメを想像していただければほぼあってます。バスはボンネットバスでした。
さて、えにっきをじっくり見ましょう。まず「いとざきゆきのきしゃ」と書いてあります。これは本当に「汽車」だったかもしれない。蒸気機関車が岡山駅に煙と蒸気を吹き出しながら入ってきた記憶があるんですね。私たち一家4人が車窓に見えますが、「汽車」かもしれないと思うのはこの客車の色。
こんなまっ茶色の客車、令和の人たちは見たことあるのだろうか。蒸気機関車から電気機関車になってもこの茶色い客車は変わらず、ついさわってしまうと手は真っ黒けになったもんです。
車窓から見えるのが「たんぼやおおきなびる」というのが、いかにも岡山発山陽本線下りらしくていいですねえ。ほとんどはたんぼでしたけどね。
親の実家に遊びに行く。
これは、令和の時代もあまり変わらないのかもしれないですね。
では、これはどうか。

親の実家に行った子どもはなにをするのか。
「ひろしま」と書いてあるけど、ここは山間部でまわりは田んぼだらけだ。
なにをして遊んだかというと、「とんぼとり」。
これは「せみとり」と並ぶなつやすみのレジャーで、今から思えば何が楽しかったのかよくわからない。朝から夕方まで虫取り網をふりまわし、やっととれたのが「むぎわらとんぼ二ひき」だ。とんぼにしてもセミにしても、つかまえたってすぐに死んでしまうのでつまらないのだ。これなら岡山の自宅ちかくの川でフナやドジョウを捕まえる方が面白かったですね。つかまえたあと、しばらくペットとして飼ってましたからね。
親の実家に帰省するというのは旅行だからそれなりに大イベントです。それ以外の「普通のなつやすみの日々」にはなにをしていたのか。
これがまた、激しく普通なんですね。この日おこなったのは「自転車のけいこ」。

2回目らしいが、「とても、じょうずです」ときた。もうすぐ補助車がいらなくなる、と豪語しているが、これは小1のなつやすみだ。私がやっと自転車を乗りこなしたのは小2の夏だったと思う。急に上達したと思ってさぼっていたらその後の進歩が遅れるというのはまさに私のパターンでしたね。このころから私って変わってないのだな。
これも同じパターンであります。お恥ずかしい。

「おやこかいすい」というのは、親子で海水浴に行こう、というイベントみたいなもので、学校主催ではないみたいだ。PTA行事だったかもしれないが、ここにも調子に乗っている私がいる。
「うみにはいって4メートルもおよぎました」ときた。
その後私は水泳はすっかり苦手になり、小3の夏にやっと10メートルをバタ足で泳げたと思う。「りんごなげ」や「たからさがし」は好きだったとおもうけど、ただ泳ぐのは好きじゃなかったわけですね。これまた私らしいですね。
さて、お次はなんでしょう。

歩いて行ける場所に「東山公園」という公園がある。これはブランコがある児童公園というより、かなり昔からある岡山市民憩いの場所みたいな公園ですね。なにしろ「さる山」がありましたから。この絵はその規模をよく表現していて、小学生にとってはかなり立派なコンクリート製のサル山でしたね。確かに生きたサルが何頭かいたので、ぼうっと眺めているだけでも楽しいでしょう。
しかし、それだけです。「さるが、あなからでていた」ことと、それを見た妹が「とてもよろこんだ」こと、そして「ぼくもうれしかった」と結んでいます。
これは夏休みのイベントの記録ではなくて、なんの事件もない、ある夏の日の記録です。日常の光景の切り取りとしてなんだかしみじみいいですね。
こんな日々もやがて終わり、夏の終わりです。

8月24日。「ひぎりのおじぞうさま」というのは、岡山市北区の大雲寺というお寺のこと。「日限地蔵尊」として今でも毎月23日か24日に縁日が行われています。この日のことはえにっきの目玉として気合の入った技法「クレパスの上を水彩絵の具で塗ると、クレパスが浮き上がって見える」というやつを採用してますね。もちろん小1がそんなことは知らないから当然、親の入れ知恵および技術的援助でしょう。この縁日もこの時代がピークで、この夜店の数は子ども心にすごかった。まさに不夜城で遊ぶ雰囲気がありましたが、残念!「とちゅうであめがふりだした」のでしたね。タクシーとは贅沢な帰宅方法です。行くときはたぶん歩いたと思うなあ。
みなさま、いかがでしたか。ほかにも何日分かありましたが、ページが固着して開かず、見ることができませんでした。
令和の小学生たちは全員タブレットを使うので、紙ベースの宿題というものはどれだけ残ってるいのでしょう。特に図画工作系の宿題ってどうなってるのかなあ。昔は9月1日が始業式で、授業はないけれどいろいろと荷物は多かった記憶がありますが。
何より、令和の小学生たちの「日常」ってどうなんでしょう。公園や神社の境内で虫取り網を振り回す子どもはあまり見なくなったけど、そのかわりの遊び場は個人の家?それともイオンモール?
まだ孫もいない私にとっては「エアコン完備の教室」で過ごす子どものイメージもいまひとつわからんのですねえ。でも、今年はとにかく秋がやってきました。
よかったよかった。お月見団子もたべたしね。