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第29回 よくわからん時代だが

2026.03.02

 私は、世の中のことはもともとよくわかっておりません。

いい歳をして情けないんだけど、これは認めざるを得ないとずっと思っておりました。ところが今の世の中はどうだ。

季節から秋春がほぼなくなったり街なかに熊が出たり総理大臣が変わったり合衆国大統領が暴れたりして、いよいよワケがわからなくなったと思うのは私だけじゃないような気がします。

ところが、こんな地球環境や政治や経済、国際情勢みたいな「大きな話」の世界だけじゃなくて、私の日常生活のもっと小さなことにも「わからん!」とお手上げ状態になることが増えています。マンガで描けば、頭の上に「?」が5つほど浮かんでいる状態ですな。

つい先日、こんなことがありました。

私は3年ほど前から、民間のフリースクールのお手伝いをしております。

 そこで働いている私以外のスタッフは、全員二十代と若く、とっても元気で発想ゆたか。こんな気持ちのいい若者がいたらこの国はきっと何とかなる、と思っています。現に彼らが日々かかわっている不登校の子どもたちはどんどん活力を取り戻してますからね。そんな場所に私も、週二回程度だけどいっしょにいるだけで細胞が元気になりますよ。いやほんとに。

 ところがこんなこともある。

 

スタッフはとても忙しくて、全員集合で対面して打ち合わせをすることができない。いちばんヒマなのは私だ。なかなかスケジュール調整ができないときに、チームリーダーからこんな連絡がきた。

「打ち合せ会はリスケでよろしく」

リスケって、なんだ。

りすけ? 日本昔話なんかに出てくるじいさんに「利助さん」はいるような気がするけど、利助じいさんの自宅で打ち合わせをするとは考えにくい。とすると、これは和風居酒屋「利助」で行うってことか。いやいやそんな店は聞いたことがないし昼間からそんな場所に出かけていくわけがない。


似た言葉で知ってるのは、岡山弁で「自転車の荷台」を指す「にすけ」だ。

確かに「リスケ」と書いているから「にすけ」は関係ないんだけれど、ほかにヒントが全然ないものだから、唯一知っている単語「にすけ」が脳内に大きく映写されて、もう動かなくなってしまった。

念のために少し解説を加えると、「にすけ」は岡山の方言で、つまりこれのことです。

私はもともと国語の教員だったから岡山弁には少々詳しいですよ。「にすけ」の「に」はずばり「荷物」のこと。「すけ」は「すける」という動詞の一部。「すける」は比較的大きくて重みのある荷物をどこかに置くときに使う言葉。動詞「すける」の連用形「すけ」で止めて名詞化するのは「歯みがき」と同じですね。だから「にすけ」は、自転車で重いものを運ぶためには必須の装備として頼りにされていたんでしょう。

この画像は最近の自転車のやつだから、むしろ「キャリア」というべきか。

こっちの方が似つかわしいな。

これこれ。これこそ岡山の老若男女が荷物の運搬に使ってきた「にすけ」だ。見るからに頼もしいぞ。

さて、話をもとに戻そう。「打合せはリスケで」という連絡だ。

打ち合わせを自転車の荷台で行うわけがない。ところが一度頭に浮かんだ「にすけ」がどうしても消えない。利助じいさんも居酒屋利助も吹き飛んでしまった。

この件で連絡を受けたスタッフは5人。

じゃあ、この5人はどう行動すればよいのか。どこかに指定された自転車があり、その荷台のまわりに集合せよってことか。その情景を想像してみてくださいよ。

5人の大人が、自転車の荷台の周りに集まって話し合いをしている。荷台つまりにすけの上には会議資料が並んでいるに違いない。しかし狭いなあ。軽トラの荷台ぐらいあってもいいだろうに。軽トラに「にすけ」という方言は使っていいのかなあ。

こうなったらもう、私が最も得意としている「妄想」の世界ですよ。

人は、自転車の荷台を囲んでどのように会議を進めていくのか。議論が白熱してきたら自転車が倒れたりすることもあるだろう。そうなったらだれかが自転車を起こして続きをやるんだろうな。なんだかおもしろいぞ。くだらないけど。

読者の皆さま。ここまでお付き合いいただいてありがとうございます。さて、皆さまは、この話題の中心にある「リスケ」という言葉をご存じでしょうね。

ググってみれば、単純明快。

それは、「リスケジュール」の略。つまり予定変更のこと。

 最初から予定変更、と言うておくれよう。オッサンはわからんのよう。
と、言いたかったけど、その連絡に対する私の返信。

「リスケ、了解でーす!」

  あああー、情けない。

 このできごとのあと、身近な人に「リスケって知っとる?」と聞いてみたら、半分以上が知っていて、ふつうに使っているそうな。

 世の中の「よくわからんこと」、残念だけど増えてます。

 変化が速すぎてわけがわからなくなったこともあるし、先行き不透明でわからないこともあるし、時間の経過のなかでわからなくなったこともある。「わからん」の質は実にさまざまで、毎日のように新しい種類の「わからん」と出会います。

 でもねえ。誰にでも「これなら、わかる」という世界もありますよねえ。

 リスケ騒動で少ししょんぼりしていた私にも、ちゃんとありますよ。

 先日、京都に行ったときのこと。

 こんな場所がありました。

 

のれんの隅に、控えめに書かれた屋号は、

「名曲喫茶 柳月堂」。

喫茶店、という言葉は滅亡して、カフェ、という外来語に置き変わったと思っていたら、ありました。よくわからんことが、山のようにあるこの世の中に、ちゃんと生き残っていましたよ。

こんなものが、文化として存在した時代のことなら、いくらかわかるぞ。

この話題、次回に続きます。

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