第28回 変わったけれど、変わらないこと
2026.01.29
変わったけれど、変わらないこと
前回、大風邪がやっと治ったとたんに、たべものの嗜好が変わった、ということを書きました。または、新たな嗜好が私の味覚に追加されたのかもしれないと。
つまり、こういうことです。
甘いものが好きになっている。
昔からの辛党を自任していた私。つまり「甘いものよりお酒が好き」という人生を送ってきました。それが、こんなふうに思うようになったというわけです。
甘いものって、意外といいやつだ。
ちょうど12月だったから、頭にふと浮かんだのが「シュトーレン」でした。やっと外出できるぐらいに体調が回復していたのでわざわざ神戸まで買いにいったりしました。確かに、うまかった!

こんな話を書いたものだから、それを読んだ人たちの中には当然のようにこんな声が上がったのです。
「のん兵衛の植田が、なんと甘党になったらしいぞ」
いやいやいや。違いますって。
と、強く否定したくせにいきなり脱線します。
最近あまり使われなくなったけれど、「辛党」と同じように使われていた「左党」(さとう)という言葉があります。私はこの言葉を、酒の味を教えてくれた父親から聞きました。これはずばり「のん兵衛」「酒飲み」という意味なんですが、ご存じでしょうかな。
国語辞典には「酒類を好む人」と書いてあって、もともと大工とか鉱山職人みたいな人が右手に槌(つち)つまりトンカチを持ち、左手に鑿(のみ)を持って仕事をしていたことから生まれた洒落言葉。右手を「槌手」と呼んだことに対して左手を「鑿手」と呼んでいたので、鑿手(のみて)は「飲み手」、つまりお酒をのむことが得意な人、となったらしいのです。
ところが、私の父はこう説明してくれた。「酒飲みは、右手にとっくり、左手に盃を持っとる。よって酒飲みは左党となった。」父は右手の酒を左手の盃に注いで、口に運ぶしぐさをしながらこう言ったわけだけど、これは記憶に焼き付きましたね。トンカチと鑿という道具になぞらえることなくストレートにのん兵衛の動作から説明しとるからね。
これで「酒飲み=のん兵衛=辛党=左党」という、この文章で多用する単語の規定が完成したわけですが、そんなことはどうでもいいのだ。
私は決して「甘党」に転向したわけじゃありません。ただ、半ば意地になって「甘いものを避けていた自分がいた」ということに気づいて、そのことを世の中にカミングアウトしたのです。
しかしそれだけではない。このことも、晴れて世間に公表すべきだと考えたのであります。それはなにか。
左党を自認しつつも、甘いものの中でただひとつだけその存在を容認してきた、という、心中ひそかにリスペクトしてきた甘味界の好敵手がいる。
それが、これだ。

岡山にゆかりのある方ならご存じでしょう。その名も、大手まんじゅう。画像には「大手まんぢゅう」と表記されてますが、このぢゅう、という部分に何だか好ましい歴史の積み重ねを感じますな。私が甘味界で、長年にわたってその存在を認め、特段に重用してきたのがこれなんです。
実を言えば、これも父親の嗜好を引き継いだものかもしれないのです。毎日晩酌を欠かすことのなかった筋金入りの左党だった父が、「これだけはうめいな。」と言っていた甘味界唯一の和菓子。これが大手まんじゅうでした。冬には火鉢であぶってみたり、暑い時季にはわざわざ冷蔵庫で冷やしてたべてましたね。
ご存じの方も多いですが、麹の香りたっぷりの薄い生地でこしあんを包んで蒸したもの。工場に近いお店には蒸したての温かいやつが売られていて、そりゃもうたまらんのです。
日本左党岡山支部の幹部を自認していた若いころから、甘いものは好きじゃないといいつつ、これだけは別格として扱いましたね。それはなぜか。
うーん。うまく言えないです。ただ単純に甘いだけじゃない。宣伝コピーには「上品な甘さ」なんて書いてありますが、逆に「下品な甘さ」もよくわからない。ただ、口に入れただけで気持ちが悪くなる甘いものはいくつかありますね。
海外生活をした友人が、外国人に大手まんじゅうをふるまったときの話を聴いたことがあります。その外国人は一瞬驚いた顔になって、こう言ったそうな。
「アマイ。デモ、アマクナイ。デモ、アマイ。」
ああ、日本じゃない場所で生まれて、その土地のたべものをたべて大人になった人でも、いい味って伝わるんだなあ。大手まんじゅうをたべた人のコメントとして、私はいまでもこれ以上のものはないと思っています。
岡山では、いわゆるお使い物としても重宝される大手まんじゅう。岡山駅の土産物売り場にもありますが、夕方には売り切れてますね。県外から帰ってきて岡山駅に着くと、つい旅人気分で土産物売り場を眺めてみたくなる私。地元に帰ったのにねえと、思っていたら、そこでこんなものを見てしまった。

日本三大まんじゅう?
いったいぜんたい、それはいつ、だれがお決めになったの?

岡山の大手まんじゅう。
東京の志ほせまんじゅう。
福島の薄皮まんじゅう。
ネットで調べてみたら、ものすごくたくさんの情報が流れてます。三大まんじゅうについては、少し前に聞いたことがあったような気もするけどそれ以来忘れてました。大手まんじゅうの地元、岡山駅の土産物屋に、こんな販促ディスプレイができるなんて、なんだかびっくりです。
それにしても大手まんじゅうを愛用している私、残る二大まんじゅうはたべたことがありません。ていうか、日本に住んでる人で、この三つを制覇した人ってどれだけいるんだろうか。
それにしても、日本人は(人間は、といった方がよいか)三大なんとか、というのが好きですね。ほかにもたくさんありますが、その多くが第一、第二までは妥当な線で、三番目になると人によって入れ替える場合が多いような気がします。この三大まんじゅうの制定についても諸説あるみたいですが、意外なことに他の三大なんとかと比べると入れ替え戦を提案する意見は少ないようですね。三つすべて知らない人も多いだろうし、ポーカーみたいに全部入れ替えたくなる人もいると思いますよ。
ここで私お得意の妄想スイッチが入ってしまった。
大手まんじゅうは不動の地位を誇る偉大なまんじゅうだから、動かないとしてですね。残りの二つの地位を争う入れ替えを行うとどうでしょう。
- 大手まんじゅう ② 伊勢の赤福餅 ③ 京都の阿闍梨餅
これは、駅で買える、という枠組み。
続きまして。
- 大手まんじゅう ② 出水松月堂の豆大福 ③ 金福菓子舗の三門だんご
まんじゅうにだんごを混ぜるな、という意見もあろうが、これは私の好きな街「岡山市の奉還町」で買える、という枠組み。そんなの知らん、という意見もあろうが、絶対にうまいから変えないぞ。
さあ、読者のみなさま。①大手まんじゅう に続く、自分の三大まんじゅうを制定してみてはいかが?
そろそろ今回のお話もおしまいだから、落ち着いて考えてみよう。
私って、左党を気取っていたみたいだけれど、けっこう甘いもの、たべてました。
特に、あんこは好きだったといってもいいぐらいでした。
結局、味の好みっていうのは、年齢や生活の状態やその時その時のブームなんかに左右されて変化する部分もあるけれど、実は子どもの頃から変わらない部分がかなりあるってことでしょうか。
加齢のために以前よりお酒の量は減って、その分、昔から実は好きだった甘いものへの嗜好が、表面に露出してきただけなのかもしれないですね。
ということは、もはや左党を気取ってちゃあ事実に反する。
つまり、今の私、ひょっとして、「中道」?
う~ん。