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第10回 2025年6月_Sさんとの対話

2025.09.15

Sさんが大学院に入って思うこと

かめっち先生(以後かめっち)「大学院での学びはいかがですか?」

Sさん「いろいろな人脈ができたり、新たな知見を学べたりと、有意義であることは確かですが、大学院で出会う人たちと勤め先の職員とを比較したときに、モチベーションの差が大きすぎて、このギャップがかなり苦しいです。また、土曜日に大学院があるうえに、レポート課題なども一応しないといけないので、睡眠時間を削る必要に迫られており、かなり体力的に苦しい面もあります。」

かめっち「なるほど、全く異なるグループに属することで感じるギャップは私もよく分かります。私の場合は農業の付加価値付与を考えている農業外の人々と、実際に生産現場で従事している人たちとの間の状況や認識の差をどのように埋めていくべきか、また双方が抱える状況の違いをどのように相互理解させていくべきかといったところにジレンマを感じています。一方で、このギャップを埋めることでより戦略的かつ多様な農業の在り方を考える契機となる気もしています。」

Sさん「全く異なる環境に身を置くことで視野が広がったのは間違いありません。もともとは職場の組織運営や体制などを変革するためにアカデミックな知見を身につけ、ボトムからできる職場改善を実施したいという思いから大学院で学ぶという選択を決断しました。しかし、大学院での講義にて、大きな組織を変革させるには、トップダウンによる命令か、外部からの力による作用の二つしか道がない、という内容の話を聞いてしまい、自分発信での組織改革に対する軽い絶望感を抱いてしまいました。ここが今最も苦しいところです。」

かめっち「大きな組織は変わらない、という結論は少し寂しいですが、その通りだと思ってしまいます。自分より若い社員のことをサポートすることはできるかもしれませんが、上司に関してはもう話したくもないと感じる人間も少なくありません。私が公務員をやめた理由も、上司に尊敬できる人がほとんどいなかったからなのです。」

組織・リーダーについて

Sさん「そもそも、管理職や人事といった仕事は非常にクリエイティブであるべきだと思うのですが、なぜか経験年数のみを参照した状態で、リーダー的な立ち位置の人間が選ばれていくのがおかしいと思います。本来であれば、職位や年功などに関係なく、その人の特性や能力のベクトルに応じて、管理職的な業務に就く人材や、現場にて民間企業や市民と対話する人などを決定していくべきですし、各部署にて評価指標は異なるはずです。そもそも現場と管理職でどちらが偉いといった話が存在すること自体、ナンセンスだと思います。」

かめっち「非常によく分かります。一人ひとりが自分の仕事においてはリーダーたる自覚を持つべきだと個人的には思います。」

Sさん「一方で、組織の中でしっかりと部下の責任を取ってくれるリーダーもやはり必要だと思います。そういうリーダーは、基本的に部下をしっかり見ており、だからこそ自身が責任を持つことに納得できるのだと感じます。」

かめっち「なるほど。ちなみにSさんは今どのような内容の講義を受講しているのですか?」

Sさん「主に組織におけるリーダー論です。私が県職員の立場で最も課題だと感じているのが、心理的安全性という観点です。昔、若手職員のチャットにて、どのようなときに仕事のモチベーションが上がるのかを聞いたことがあったのですが、ほとんどの職員が、そもそも仕事にモチベーションなど持っていない、という意外な答えを出してきました。そこに付随して、どのような職場だと心地よく働けるかを聞いたところ、心理的安全性が確保された職場だ、と話してくれた経緯があります。ただ、そもそもモチベーションがない中で、たとえどれだけ心理的な安全性が確保されたとしても、職場環境を改善する方向の意見が出てくるのかは分かりません。」

心理的安全性とモチベーション管理について

かめっち「そもそも心理的安全性という言葉に対して想定している意味が、その若手職員と私たちとで異なっている恐れがあると思います。」

Sさん「その通りです。心理的安全性というのは、ただのなれ合いのような空気の読み合いではなく、正しい方向性を真正面から議論し合える信頼関係だと定義しています。たとえ意見が食い違っても、その中でお互いの意見を尊重し合い、より幅を持った新たな打開策を見出すような議論を続けるには、そもそも相手の意見を聞こうとする姿勢を持っているかどうかがとても重要です。」

かめっち「よく分かります。私は梅の収穫バイトで、旅人系の季節労働者の方々と共同生活しながら収穫作業に取り組みました。そこで、最初はドレッドヘアをはじめとする彼らの奇抜な雰囲気に気後れしていましたが、仕事を一緒にする中で、人の話をしっかりと聞き入れてくれる人たちだと分かり、一気に心理的安全性が確保されたと感じました。心理的安全性、これは今後の組織を考えるうえでかなり重要なフレーズになってくるでしょうね。」

Sさん「まさしくその通りです。今履修しているリーダー論でも、各々の能力を生かして適材適所のチームをどのように作るかや、実際にチームができたときに、各メンバーを鼓舞したり、目的を見失わないようにチーム内の共有事項を浸透させる方法などを学んでいきたいと思っています。以前、サラダボウルの方が、『自分にできることは社員を仕事に夢中にさせるための環境づくりだけだ。夢中に取り組めるものを提供できれば、社員は残業を残業とも思わない。』といった話をしてくれましたが、これは非常に本質をとらえていると思います。」

行政と民間の協業可能性について

かめっち「少し話が変わりますが、私はサッカーに例えて組織を考えるのが好きです。そして、公務員に採用される職員は守備的な人材が多すぎるという印象を持っています。それゆえに攻撃的(創造的)な政策は不得手ですし、何ならリスクを取った攻めをした経験が不足している人材がほとんどだと感じます。」

Sさん「リスクに対する考え方も、民間と行政とで大きく異なるポイントですね。行政の考えるリスクヘッジは、そもそも挑戦しないことを意味していますが、民間の考えるリスクヘッジは、リスクを取ったうえで、失敗したときにどうダメージを減らすかというオプションを講じることだと思います。民間から行政に少し挑戦的な提案をしたとしても、行政は決してリスクを取らないので、それは上手くいくはずがないと思ってしまいます。」

かめっち「よく分かります。こうした民間と行政のギャップは、やはりノウハウの有無によるものではないかと考えています。民間は、自分たちの持つリソースによって起業することがほとんどなので、自分たちにできることとできないことが分かっています。一方で、行政は平均的にバランスの取れた人が多いので、そもそもリスクを取る必要がある局面を、組織編成自体が考慮していないような気がします。」

Sさん「そのような側面もあるかもしれません。私としては、行政と民間が円滑に連携していくためには、民間企業側に委託のような形でゆだねていくか、両者が出資し合った経営体が仲介していくくらいしか道はないのではないかと感じています。」

Sさんが県職員としてやりたいこと

かめっち「今Sさんが県職員の立場として最も行いたいことは何ですか?」

Sさん「県が所有している農地があるのですが、そういった空いている資産を民間に貸与するなど有効活用することで、現場に還元できるようなデータを取れる基盤づくりがしたいです。民間企業だけでは動きにくいですが、公的な意義も大きい事業を、適切な役割分担によって官民連携できる余地はたくさんあると思うので、そういう連携の窓口のようなことをやってみたいと思っています。」

かめっち「基盤づくりといえば、クボタが農機や農地データを一元的に集約するデジタルプラットフォームのKSASというものを開発しており、そこに衛星データや気象データなども連携できるようになっている、という話を聞きました。その中での課題は、この農業情報プラットフォームを使いこなせる農業者の欠如と、栽培普及指導員のデジタルリテラシーが低いという現状だと言っており、ここは行政との協業が不可欠だと教えてもらいました。」

Sさん「そういうプラットフォームの存在は知りませんでした。サービスを作るのも重要ですが、そのサービスをしっかり理解するプレーヤーの育成も非常に大事ですよね。民間と行政の協業という文脈の中に、クボタの事例なども織り込むと面白そうだと感じます。」

県職員として目指す方向性

かめっち「少し冒頭の話に戻りますが、今後、県職員を辞めて独立するという選択肢もあるのですか?」

Sさん「可能な限り残って職場の改善のために知識を有効活用したいと思っていますが、新たに出会った大学院のメンバーの熱量を見ていると、独立してこの人たちと新しいことに取り組んだ方がより生産的ではないかと思う気持ちは強くなっています。起業した人たちは、それこそ社会課題の解決を能動的に行うための手法を学ぶという明確なモチベーションを持ってこのカリキュラムに参加しているので、このエネルギッシュな人脈は県職員では生かしきれないだろうなぁと感じています。」

かめっち「それもそうだと思います。行政は人脈を持った人を生かそうとはしません。というか現状維持をモットーとしているのに、新しいことを始められては困るという深層心理が働いているので、人脈などなくていいと思っている節があるように思います。よくFさんと話しているのですが、Sさんタイプには可能であれば県に残ってほしいです。なぜなら、チームプレーで何とかよりよい社会を築き上げたいという思想を持った人こそ、組織を変え、若手に希望を与えるためになくてはならないからです。」

Sさん「その点でいうと、よく公務員としての在り方をCさんに相談するのですが、彼からは『他者のことを考えても時間の無駄だから自分が楽しいことをすべき。大学院も行かなくていいと思う』という内容のことをはっきりと言われます。Cさんは自分のできる範囲のことを、周りの人間を上手に巻き込みながら実行する天才です。ゆえに、選択と集中がはっきりしています。多分書類作業など、彼が興味のないところには必要以上に力を入れないでしょうし、それを継続することで、『Cさんだから仕方がない』と思われるような特別なポジションを築き上げたのだと思います。Cさんがすごいのは、上司からの評価も高いことです。私利私欲ではなく、ローカルな農業を良くしたいという気持ちが最優先だからか、周りも彼を好意的に思っています。また、上司とそうでない人とでうまく対応を変えたりと、かなり戦略的に動いているのだとも感じます。」

かめっち「彼のような人が、農業を始めたい、もしくは少し興味を持つ若者との重要な接点となってくれているので、本当に大切な人材ですよね。」

Sさん「私の理想とする組織は、Cさんのように特別な才能がなくても、その人として目立つとかではなく、きちんと評価されて輝いているという自己肯定感を得ることができる組織です。何者でもなくても何かしら貢献・活躍ができ、それが形となって自分自身の励みになる組織になるように、勉強を続けていきたいです。」

かめっち「そのためにも、やはり心理的安全性をきちんと組織論に落とし込む必要性はありそうです。今考えると、大学の農学部で農業法人の組織論のような講義があっても良かったのではないかと思います。」

Sさん「間違いないです。現状農業法人はどんどん増えていかねば持たないと思うし、まずは1年1年を点で見るという従来の経営ではなく、社員のキャリアパスや10年レベルでの組織の維持・発展を念頭に置いた経営的な一手(戦略・戦術)を考えることができる園主さんを増やさねば、農業がきちんとした産業にならないと思います。」

かめっち「その通りだと思います。家族経営に毛が生えたような状況ではせっかく法人化したとしてもすぐに社員はやめてしまうでしょう。」

Sさんとの対話を終えて、

 大学院の生活と、県職員としての業務、さらにはご家族との時間という三足の草鞋は大変そうですが、大学院への進学で得た知見や人脈は、若手のやる気ある県職員や、民間の知り合いとの新たな挑戦に生きていくでしょう。今後とも、講義で得た知見などを基に、Sさんとディスカッションを重ねていきたいです。

かめっち先生の旅はまだまだ続く(毎週月曜日更新)

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