第31回 少数派はどこへ行けばよいのか
2026.06.29
前回のお話の最後にお見せした、この画像。

これねえ、ご覧になったほぼ全員の方が「なんじゃこれ」と思われたでしょう。
これは、お店の看板です。中に蛍光灯が入っていて夜目にもはっきりとわかるアンドン式の看板。最近はあまり見なくなりました。
文字の部分は全部英語。不要とは思うけど、日本語を並べれば。
「コーヒー、ウイスキー、冷たいビール、めし。そして良い音楽。」
この中の、ひとつでも求めている状態の人にとっては、クラクラするほど最上の場所。
それは、「喫茶 コマンド」。あ、よく見たら店名だけ小さくカタカナでルビがふってありました。
これは、岡山市北区の表町にかつてあったカフェの看板なのでした。
前回の話題「名曲喫茶」の流れで説明すれば、ここは「ロック喫茶」という分類になります。私が高校生だったころにはすでにありましたから、かなりの老舗。
残念なことに、いまは営業していません。事情はよく知らないのですが、マスターのナオさんという人もかなりの高齢でしょうから、後継者がないまま営業休止となっているのかもしれません。
ここは、長年にわたって、岡山のロックミュージックの「聖地」だったと私は思っています。わかりやすく言えばですね。
・ここに行けば、一般家庭では経験できない大音量でロックが聴ける。
・ここに行けば、たいていの音源(あの当時はレコード盤)がそろっている。
・ここに行けば、ロック好きの変人に出会える。
・ここに行けば、ロックミュージックだけでなく、演劇や美術や文学といった他のアートの情報が得られる。
・ここに行けば、気持ちは落ち着きながらもある高揚感が得られる。
最後の項目はとても主観的だけど、大事なポイントでしたね。
さて、いったい私は何を言いたかったんでしょう。このままだと必ずわからなくなるので今のうちに明確にしておきます。
令和の世の中になってしばらくたった、現在のこと。特に私が住んでいる岡山という地方都市のことです。
「〇〇がやりたい。〇〇が欲しい。」という欲求は昔よりはるかに多様化しましたが、それを満たしてくれる場は多様に存在していないと思うんですね。
例えばですね。「うまい肉にくらいついて、しぶい赤ワインをあおりたい」とか、「広い温泉につかって、手足をのびのびさせた後、生ビールを頂戴したい」などという欲求はそんなに珍しくないでしょ。異論はあるかもしれんがまあ比較の問題です。
こんなのはどうだ。
「若きエリッククラプトンが在籍したヤードバーズのLPレコードを、ジャケットを眺めながら大音量で聴きたい。もちろんマランツのアンプとJBLのスピーカーでね。」
こんなこと言われてもほぼ何のことかわからないし、わかったところで実現するためにはどこへ行けばいいんだ。これと比べれば「うまい肉とワイン」「温泉と生ビール」なんて、実現するためのハードルは低いと言ってもいいんじゃないでしょうか。
もう少し説明すると、「一般的な欲求に対して、それを満たすための場所は、地方都市であってもかなり完備されている」というのが現状なんだけど、「少し特殊な少数の欲求、しかもそれが複数あって混ざり合った状態の欲求に対する回答はなかなかない。」というのが現代の状況なんじゃないかな。
前回の「名曲喫茶」も営業的には苦しいと聞きます。「クラシック音楽を、優秀なオーディオ装置で鑑賞する」という欲求を持つ人が激減したからです。
残念だけど、岡山のロックの聖地のひとつだったコマンドも閉店してしばらく時間がたっています。看板に描かれた黒人ブルースマンはゲイトマウス・ブラウンという人物だけど、この人の歌をぜひ聴きたい、という人はどれだけいるのだろう。
コマンドなきあと、私の中で、より明確になってしまったことは、これだ。
「世の中は、少数派の欲求に対して、応えるための方法も意欲も失いつつある。」
ここまで書いてふと気づいたことがあります。私はここ数年、民間のフリースクールの一員として動いていますが、「不登校の子どものための、学校以外の居場所が欲しい」なんていうのは、長いこと少数意見として、まともに取り合う大人はそれこそ少数派でした。ところが不登校が激増し社会問題化するとさすがに放置できなくなって、やっと大人たちが予算を投じてその回答をひねりだそうと苦労する時代が訪れています。なんだ。世の中のダメなことって、根っこは同じなんだな。
この文章はここで終わってしまうと、実につまらん愚痴で終わってしまうので、話題をどひゃーっと変えましょう。この画像をご覧ください。

茶色に変色した紙は途中で継ぎ足されて、テープで接着したあとがありありと見えます。書き込まれたのは地図。岡山市在住の方ならわかると思います。これは岡山市中心部の手書きの地図です。拡大してみましょう。
大きくカーブしているのはJRの線路ですね。そこから路面電車の線路が東西に延びています。ところどころに店の名前が書きこまれています。北からチェックしてみましょう。
・岡大正門近くのペパーランド
・ミルクホール(休業中)
・LPコーナー
・岡山会館 大森楽器
・ドレミの街3F大蓄
・Day&Days 5Fヤマハ(太田洋行)
・文化センターそばのイリミテ
・帝都ムセン
・スーパーいずみ4F音響堂
・コマンド
・レイジーチキン
この地図の下部分には岡大付近の拡大図がついていました。これです。

とくに〇で囲んだ店名が
・チャイヤ
さて、この手描きの地図は、いつ、だれが、何のためにつくったのでしょうか?
はい。これは私が教員になってすぐのころ、ライブイベントを岡山でやるために当時の仲間といっしょにつくった「岡山市中心部でライブイベントのチラシを置いてもらえそうなお店」一覧なんですね。
今から実に45年も前のものです。もはや古文書じゃな。記入できている部分は表町の北半分以北で、表町2丁目以南は書き込まれていません。実際に活動の拠点だった長谷川楽器店などはエリア外です。
未完成とはいえ、記録性はなかなかのものです。私たちがもくろんでいたライブイベントは当時としては「ニューウエイブ」だったので、少々突飛なものであっても先進性を感じ取ってくれそうな場所を探して書き上げたのでしょう。
ほとんどの場所が、現存しません。今日の話題の中心だったコマンドもそのひとつです。「岡山会館」とか「Day&Days」とか、ビルごとなくなっている場所もたくさん。時代の経過を感じますね。
生き残っている場所を探す方が早いな。
・ペパーランド
岡山初の本格ライブハウスといっていいと思う。音楽だけでなくあらゆる「表現」を世の中に発信しつづけてはや半世紀。世界に誇るべき場所だと思います。
・チャイヤ
インドカレーと紅茶のお店。かなり昔から本格的なインドカレーが食べられる、岡山には珍しいお店だったけど、少数派が主催するイベントなどの情報を意欲的に預かっていただけていましたね。
これだけですね。書き込まれていた場所はどこも「ひとくせ」ありました。少数派であってもちゃんと話を聞いてくれる感性と懐の深さを感じる場所でした。
さてさて、今の日本は多様な価値観にあふれています。ただ、少数派が安定して表現活動を続けられる場所は、昔に比べて随分と減ってしまいました。
でも、まだまだ生き残っています。私よりずっと若い世代(まさに私の教え子世代!)の表現者たちが頑張っている事実がかなりあります。
またご紹介していきたいですね。
この黄色い紙を作ったのが45年前とわかって、ちょっとショックだったので、今回は少ししみじみと終わることにいたしましょう。